鎌倉で七五三といえば。鎌倉宮
2017/08/21
大塔宮こと鎌倉宮。太平記の激動を駆け抜けた、護良親王(もりよし)を祀るお寺。
鎌倉の七五三詣で有名な鎌倉宮(かまくらぐう)。10月~11月は多くの七五三詣の家族で賑わいます。
鎌倉宮(かまくらぐう)の七五三詣
七五三詣で有名な鎌倉宮。一般の七五三詣では事前予約は必要ありませんが、写真撮影含む、貸衣装・ヘアメイクのセットプラン(料金は5万円前後)もあります。
例年9月には内覧会も開催されています。詳細は神社にお問い合わせください。
鎌倉宮(かまくらぐう)の四季
秋、紅葉の鎌倉宮(かまくらぐう)
秋には美しい紅葉が境内を彩ります。結婚式やお宮詣りなど、祝賀にはとても人気の神社です。
初春、梅の鎌倉宮(かまくらぐう)
初春、鎌倉宮(かまくらぐう)鳥居脇の梅。(2017年2月18日撮影)
初春、鎌倉宮(かまくらぐう)の白梅。(2017年2月18日撮影)
鎌倉宮のみどころ
鎌倉宮の境内
鎌倉宮の境内はいつも大勢の参拝客で賑わっています。
宝物殿
鎌倉宮宝物殿のある場所は、明治天皇行幸(明治6年4月16日)の際の行在所として明治4年に建設されました。
土牢
この社殿の裏に残る土牢が、この親王最期の地といわれています。
楠木の森
樹齢100年以上の楠木の大木。
大塔(鎌倉宮)の夜雨(三浦半島八景)
夜雨とは水辺の夜の雨のこと。
鎌倉宮とは
鎌倉宮は、後醍醐天皇(ごだいごてんのう)皇子である、大塔宮(おおとうのみや) 護良親王(もりながしんのう)をお祀りする神社です。
当時、鎌倉幕府の専横な政治に対抗した後醍醐天皇は、捕らえられて隠岐に配流となります。
皇子である護良親王は、天皇の代わりとなって楠木正成らと、幕府軍と戦いました。
この間にも鎌倉幕府に対抗して、各地の武士が次々と挙兵し、足利尊氏が六波羅探題を攻略、また新田義貞が鎌倉に攻め込み、鎌倉幕府は北条一族と共にここに滅亡します。
幕府滅亡後、後醍醐天皇は京都にて政治を改め(建武の新政)、護良親王はこの功により征夷大将軍となりますが、しだいに武家の棟梁である足利尊氏と対立し、鎌倉の土牢に幽閉されます。
その後、北条時行の軍に破れた尊氏の弟である足利直義が、鎌倉退去の際に護良親王に自刃を要求し、護良親王は鎌倉の地に果てます。
鎌倉宮の社殿の裏に残る土牢が、この親王最期の地といわれています。
鎌倉宮へのアクセス
神奈川県 鎌倉市 二階堂 154番地
鎌倉駅 東口下車 徒歩30分。または鎌倉駅 東口から京急バス。[ 鎌20・4番 ] 大塔宮行き 大塔宮下車
鎌倉宮について
- 拝観時間:2月から11月 9:30〜16:30 (入場は16:00まで)、12月・1月 9:30〜16:00 (入場は15:30まで)
- 拝観料:宝物殿 一般300円
- ホームページ:www.kamakuraguu.jp
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