梶原景時(かじわら かげとき)と鎌倉
2021/10/16
梶原景時(かじわら かげとき)。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の登場人物です。
黒雪賦。鎌倉幕府を支えた悲劇の御家人
鎌倉殿の13人のひとり、梶原景時(かじわらかげとき)。相模の坂東御家人。2代将軍「源頼家(みなもとよりいえ)」の乳母夫。様々な逸話をもつ著名な御家人。
鎌倉幕府創生期から活躍し、源平合戦にも参戦。初代将軍「源頼朝(みなもと よりとも)」に尽くし鎌倉幕府初期を支えたが、2代将軍「源頼家(みなもとよりいえ)」時代に失脚。歌舞伎では「梶原平三誉石切」という演目や、その他さまざまな演目にもたびたび登場する悲劇の武将。
梶原景時(かじわら かげとき)と鎌倉の歴史
鎌倉幕府創成期に活躍し、源頼家の乳母夫など、様々な逸話をもつ著名な御家人。平三(へいざ)ともよばれます。
鎌倉幕府草創期にあたる、1180年(治承4年)。石橋山の戦いで平家方で参戦し、敗走する源頼朝を山中で見つけたが見逃したという逸話があります。
その後、鎌倉幕府の御家人として活躍。源平合戦にも軍監として登場、源義経(みなもとのよしつね)と対立した人物として知られ、源義経の失脚に梶原景時の讒言が影響したと言われ、「讒言の平三」の異名を持ちます。
源頼朝の死後、2代將軍「源義家(みなもと よりいえ)」時代に失脚。京都に上洛し体制を立て直そうとするものの、上洛中の戦闘で一族とも非業の死を遂げます。
歌舞伎では「梶原平三誉石切」という演目や、その他さまざまな演目にもたびたび登場する悲劇の武将です。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、中村獅童さんが梶原景時を演じます。
梶原景時(かじわら かげとき)の家系
- 祖先:鎌倉権五郎(平景政・たいらのかげまさ):平安時代の平家筋の武将。源義家に従い「後三年の役」に出陣
梶原景時(かじわら かげとき)と鎌倉の史跡
【朝夷奈切通し】梶原太刀洗水
鎌倉の草創期を代表する逸話の舞台である梶原太刀洗水。
1183年(寿永2年)、鎌倉時代に差し掛かるまさに時代の変革期、梶原景時が上総介広常の屋敷で広常を暗殺しました。その時、梶原景時がこの湧き水で太刀の血を洗い流したという伝説が残されています。
梶原景時が太刀の血を洗い流した逸話の舞台
- 所在地:鎌倉市十二所~横浜市金沢区朝比奈付近
- アクセス:鎌倉駅から京急バス、十二所神社バス停より徒歩約15分
【建長寺】梶原景時の亡霊が現れたという三門
現在では北鎌倉を代表する大寺、建長寺。創建間もない頃、施餓鬼会を行った直後に騎馬武者姿の梶原景時の亡霊が現れたという言い伝えがあります。
以来、7月15日の三門施餓鬼会に引き続いて、もう一度梶原施餓鬼会を行うのが現在でも習わしになっています。
梶原景時と建長寺の三門
- 所在地:鎌倉市山ノ内8
- アクセス:北鎌倉から徒歩15分
梶原景時(かじわら かげとき)をもっと知る
大河ドラマ鎌倉殿の13人には原作はありません。平家物語など源平合戦を舞台にした小説やドラマで梶原景時が活躍を確認できますが、梶原景時を題材とした歴史小説はほとんどありませんが、永井路子署「炎環(文春文庫)」がおすすめです。
直木賞受賞作品で初版はなんと1964年刊。鎌倉幕府の創建時にまつわる連作短編。4つの短編では、それぞれ以下の歴史人物が主人公となり、不安定な鎌倉幕府初期の鎌倉武士模様が鮮明に描かれています。
- 「悪禅師」:阿野全成(源頼朝の弟)
- 「黒雪賦」:梶原景時
- 「いもうと」:北条保子(北条政子の妹、阿野全成の妻)
- 「覇樹」:北条義時