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北条政子(ほうじょう まさこ)と鎌倉

      2019/10/07

鎌倉幕府初代将軍 源頼朝(みなみもと よりとも)の妻。
北条政子

鎌倉幕府尼将軍と呼ばれた北条政子(ほうじょうまさこ)(1157年~1225年)。
源頼朝の妻。平安時代末期、伊豆で勢力を誇っていた北条時政の娘。伊豆に流罪となっていた源頼朝と結婚。1180年(治承四年)、頼朝は挙兵、鎌倉幕府を創設し、北条政子は征夷大将軍夫人となりました。
頼朝の亡き後、「尼将軍」と呼ばれ、1221年(承久三年)の承久の乱では、尼将軍として活躍。子息である、源頼家(みなみもと よりいえ)、源実朝(みなみもと さねとも)はそれぞれ鎌倉幕府将軍となった。

北条政子(ほうじょう まさこ)の家系

北条政子(ほうじょう まさこ)と鎌倉の史跡

安養院。北条政子ゆかりのつつじのお寺

安養院

1225年(嘉禄元年)、源頼朝の菩提を弔うため妻の北条政子が佐々目が谷に建立した祇園山長楽寺が前身。その後、鎌倉時代末期にこの場所に移り安養院になったと言われています。寺名は政子の法名「安養院」にちなんで改めてられたと言われます。

→北条政子ゆかりの安養院をもっと見る

妻政子の安産を祈った段葛(だんかずら)

段葛

鶴岡八幡宮の参道となる段葛(だんかずら)。源頼朝が妻政子が長男であるの頼家の誕生の際に、安産祈願のために造られたと言われています。

→段葛(だんかずら)をもっと見る

北条政子と源実朝の眠る墓。寿福寺

公暁悲劇の道 四辻

鎌倉駅の西口側、寿福寺の裏手の墓地、最奥に源氏山をくり抜くようにやぐらがあり、ここに源実朝のお墓といわれるやぐらがあります。ここに北条政子、そして源実朝のお墓がひっそり佇んでいます。

→源実朝が眠る寿福寺をもっと見る

子宝祈願の政子石

政子石

鶴岡八幡宮の旗上弁財天社には夫婦円満、良縁、子宝の祈願石「政子石」があります。政子とは、鎌倉幕府を創った「源頼朝」の妻「北条政子」のこと。政子が懐妊の際、安産を祈って置かれた石です。

→子宝祈願の政子石をもっと見る

衣張山ハイキングコース。報国寺から鎌倉の歴史巡礼

衣張山

衣張山ハイキングコースは、鎌倉東部の外周を巡るハイキングコースで、報国寺から歩きはじめ最長で逗子まで抜けるコース。起伏も大きく全長約5キロ以上と歩きごたえのあるコースです。衣張山の由来は、鎌倉幕府を創設した源頼朝と妻の政子がこの山に衣を張って雪山に見立てて涼をとったという伝説から。

→衣張山ハイキングコースを詳しく見る

甘縄神社。鎌倉最古の神社

甘縄神社

その歴史の長さから源氏と関係が深く、源頼義(みなもとのよしよし)がここで祈願をして源義家(みなもとのよしいえ)が生まれたと伝えられており、源義家や源頼朝(みなもとのよりとも)が社殿を修復し、北条政子や源実朝(みなもとのさねとも)も参拝したと伝えられています。

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