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宝戒寺。鎌倉の歴史が刻まれたはぎの寺

      2018/12/31

オススメ度:鎌倉 観光 オススメ
宝戒寺のこの場所は、もともと鎌倉幕府執権の北条氏の屋敷でした。
鎌倉幕府の滅亡後、相手方の後醍醐天皇が足利尊氏に命じて、北条一族の霊を弔うために建立させました。
境内には四季折々の花が咲き、特に秋には境内一面に白萩(しろはぎ)が咲き、別名「はぎの寺」として観光スポットになります。

宝戒寺 はぎ 雪

提灯が雰囲気がある宝戒寺の本堂。とても静かな落ち着いたお寺です。
嬉しいことに一般参拝者も本堂に上がって、本尊の子育て経読み延命地蔵様を間近で拝観することができます。

宝戒寺(はぎの寺)の見どころ

宝戒寺境内へのアプローチ

宝戒寺境内へのアプローチ

宝戒寺の毘沙門天様は鎌倉七福神のひとつとしても有名です。

宝戒寺の本堂

拝観券を購入して、境内への入場と参拝ができるのですが、これがとても贅沢な空間です。
履物を脱いで本堂にあがると、
正面に、子育経読地蔵大菩薩(本尊)(鎌倉二十四地蔵尊 札所第一番)
左手に、毘沙門天(鎌倉七福神のひとつ)
右手に、閻魔大王(厄除けえんま)

などなど、間近にとても貴重な仏像を祈り放題で拝観できます。拝観者も他のお寺と比べると多くなく、鎌倉の中でも、とても貴重な体験ができる贅沢な空間です。
※本堂内の写真撮影は禁止です。

宝戒寺 本堂

宝戒寺は本堂に上がって参拝できる稀有なお寺です。

宝戒寺 本堂

美しい宝戒寺の本堂の周辺。

宝戒寺 本堂

美しい宝戒寺の本堂の建造物。

宝戒寺 拝観券

宝戒寺の拝観券と本堂。

【子宝祈願】歓喜天堂(かんぎてんどう)

宝戒寺 歓喜天堂 子宝

宝戒寺の聖天堂には日本最古の木造聖天といわれている秘仏「歓喜天尊像(かんぎてんそんぞう)」(聖天様)がまつられています。国家鎮護のための和合仏。

宝戒寺 歓喜天堂 子宝

「歓喜天像」は子宝・夫婦良縁にご利益があるとされています。残念ながら一般非公開です。

→鎌倉の子宝・安産祈願スポット

聖徳太子堂

宝戒寺 聖徳太子堂

建築・工芸の守護神と言われた聖徳太子が祀られていることから、地元の職人たちにも親しまれています。

宝戒寺 聖徳太子堂

木々に囲まれる聖徳太子堂。(2018年11月24日撮影)

徳崇大権現堂

宝戒寺 徳崇大権現堂

最後の鎌倉執権、北条高時を祀る徳崇大権現堂。

宝戒寺 徳崇大権現堂

扉に装飾された金色の印は「ミツウロコ」。宝戒寺らしく北条氏の家紋です。

宝戒寺 徳崇大権現堂

北条氏の家紋「ミツウロコ」の提灯。

宝篋印塔

宝戒寺 宝篋印塔

1333年滅亡した北条氏と東勝寺戦没諸精霊を供養する慰霊塔。

→鎌倉幕府終焉の地。東勝寺を詳しく見る

薬師如来

石に刻まれた梵字が薬師如来を意味しています。

宝戒寺の柏槇(ビャクシン)

宝戒寺 柏槇(ビャクシン)

柏槇(ビャクシン)。堂々たる老木。

宝戒寺の無患子(むくろじ)

宝戒寺 無患子(むくろじ)

宝戒寺の散策道にある、銘木無患子(むくろじ)。

廣林庵

宝戒寺 廣林庵

宝戒寺の参道にある廣林庵。非公開です。

鎌倉七福神巡りと宝戒寺

鎌倉七福神巡り

七福神巡りとは七福神を巡ることで願望成就を達成しようとするものです。この鎌倉にも独自の鎌倉七福神巡りがあり、鎌倉ならではの魅力がたくさんあります。そのうちにひとつがこの宝戒寺です。宝戒寺の毘沙門天は軍神として勝負事にご利益があると言われています。

宝戒寺境内へのアプローチ

宝戒寺の毘沙門天様は鎌倉七福神のひとつとしても有名です。

→鎌倉七福神巡りを詳しく見る

北条執権邸跡と宝戒寺

北条執権邸跡

鎌倉の宝戒寺(ほうかいじ)の一角に建つ、北条一族の執権邸跡。

→北条執権邸跡を詳しく見る

秋の宝戒寺

宝戒寺

宝戒寺のアプローチに。椿(つばき)(2018年11月24日撮影)

宝戒寺

宝戒寺の本堂前。(2018年11月24日撮影)

冬の宝戒寺

宝戒寺 雪景色

雪化粧する美しつすぎる宝戒寺の本堂。

宝戒寺とは・宝戒寺の歴史

この宝戒寺のあたりは鎌倉時代には時の為政者である執権北条家の屋敷の跡です。
多くの観光客で賑わう鶴岡八幡宮から徒歩で3分程度歩いた場所にあるのがこの宝戒寺。かつて鎌倉幕府があった頃、この宝戒寺がある鶴岡八幡宮の東側に幕府の御所や御家人の邸宅といった重要な建物が立ち並んでいました。

宝戒寺と妙本寺を繋ぐ通り「大町通り」。鎌倉時代初期、この通りはかつて「比企の変」の舞台となりました。
頼朝死後の、1203年9月2日、鎌倉幕府内部で起こった御家人同士の権力争いの大きな政変がありました。この宝戒寺あたりに居を構える北条勢と妙本寺の谷に居を構える比企勢の争いです。9月2日北条勢が比企を撃つために比企が谷の妙本寺方面に北条の騎馬が疾走したであろう道が、この「大町通り」という名の小道なのです。こんな小さな短い路地がこの歴史的騒乱の舞台であったと考えると不思議な気分になりますが、その結果、2代将軍源頼家の外戚として権勢を握った比企能員とその一族が、北条時政の謀略によって滅ぼされました。

そして、鎌倉幕府終焉時には北条の本陣として壮絶な戦場になり、鎌倉幕府最後の執権・北条高時(ほうじょうおたかとき)を始めとした北条一族は、宝戒寺からより後方の詰の城・東勝寺へ退却、東勝寺で自害しまし、現在は北条高時腹切りやぐらとして跡地があります。

その後、宝戒寺としてこのお寺を建てたのは、鎌倉幕府滅亡の糸を引いた後醍醐天皇(ごだいごてんのう)が足利尊氏(あしかがたかうじ)に命じて建立しました。宝戒寺を訪れると、歴史のさまざまな思いが浮かび上がる消えて行きます。

宝戒寺(はぎの寺)について

  • 所在地: 神奈川県鎌倉市小町3-5-22
  • アクセス: JR鎌倉駅 徒歩13分
  • 拝観料:大人(中学生以上)100円 小人(小学生)50円
  • 駐車場:なし
  • ホームページ:hokaiji.com
  • 山号:金龍山
  • 宗派:天台宗
  • 創建:1335年(建武2年)
  • 開基:後醍醐天皇

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