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妙本寺。桜と海棠(カイドウ)と静謐のお寺

   

緑多い比企谷に囲まれ山深く静謐なお寺。
妙本寺。桜と海棠

悲劇の比企一族の歴史を背景に建つ山のお寺

祇園山に抱かれた大寺。妙本寺は身延山久遠寺、池上本門寺と並び日蓮宗最古級寺院のひとつです。
寺域はかつて有力御家人であった「比企能員(ひきよしかず)」邸があったことろです。そして比企の乱と呼ばれる政変に運命を変えられる御家人「比企能員(ひきよしかず)」、第2代将軍「源頼家(みなもとのよりいえ)」の子「一幡君(いちまんのきみ)」、彼らの悲劇を映すお寺です。

春の妙本寺のみどころ。桜と海棠(カイドウ)名所

妙本寺は大町付近では最も知られた桜の名所。
なによりも鎌倉ではやや早めに咲く桜、そしてその後にさく海棠(カイドウ)と、気まぐれな桜開花と散策のタイミングが難しい春の鎌倉ですが、妙本寺は外れがありませんのでこの時期には特にオススメなスポットです。
(散策紀:桜をもとめて~春の妙本寺・大町エリア~

桜と海棠(カイドウ)と妙本寺

桜と海棠(カイドウ)の共演。

桜満開!前に満開の桜、後ろに豪壮な祖師堂の前に咲く海棠(カイドウ)。これぞ春の鎌倉です。(2015年3月31日YUKIさん撮影)

妙本寺の海棠(カイドウ)

文学作品にも登場するカイドウの巨木

桜に続けて満開になる妙本寺の海棠(カイドウ)。祖師堂前のカイドウの大木は鎌倉に転居しても間もない頃の中原中也が、小林秀雄とともに眺めたことで有名です。かつて愛人の長谷川恭子を小林に奪われたこともある中原だが、2人は街道を眺めたあと鶴ヶ丘八幡宮境内の茶店でビールを飲んだと小林の「中原中也の思い出」に記されています。(2021年3月27日撮影)

妙本寺の海棠(カイドウ)

妙本寺の本堂から海棠を見下ろす。(2021年3月27日撮影)

妙本寺の桜

朝の妙本寺の境内。桜の時期は朝から撮影を待つ人がちらほら。(2018年3月25日撮影)

妙本寺の二天門脇の桜

二天門脇の大桜を本堂から望む。(2015年3月28日撮影)

妙本寺の二天門脇の桜

日蓮聖人像と桜。(2015年3月28日撮影)

妙本寺のみどころ

総門

妙本寺の総門

妙本寺の総門。総門の中には住宅や幼稚園があり、さながら門前町のようです。(2019年1月2日)

二天門(にてんもん)

妙本寺の二天門

朱塗りの二天門

1840年(天保11年)に建立されたという堂々とした弁柄塗りの「二天門」。脇には大きなカエデがあり、紅葉の季節はとても美しいです。朱塗の二天門をくぐると正面に祖師堂が現れます。

妙本寺の二天門

総門から二天門にいたる参道は杉木立に囲まれ、夏は蝉しぐれが。

妙本寺の二天門

宵闇の二天門。(2019年1月2日)

祖師堂(そしどう)

鎌倉最大級の木造仏堂建築

大変雰囲気のある堂々たる祖師堂。建長寺の仏殿と並ぶ鎌倉最大級の木造仏堂建築です。また祖師堂の縁側は広く休憩にもオススメです。日蓮宗の開祖である日蓮聖人(祖師)を祀るお堂です。祖師堂前のカイドウの木は詩人中原中也が眺めたことで有名です。

比企一族の供養塔

企一族の供養塔

祖師堂に向かって右手に立つ苔むした宝塔四基。比企能員と棟梁とする比企一族は1203年(建仁3年)北条時政によってこの地で滅ぼされました。

比企能員(ひきよしかず)を詳しく見る

一幡之君袖塚(いちまんのきみそでづか)

一幡之君袖塚

北条時政によって比企一族が滅ぼされた際に、源頼家の子でありわずか6才の一幡君もこの戦で命を失いました。一幡の袖を埋めたといわれる袖塚です。

祇園山ハイキングコース

妙本寺を抱く祇園山

鎌倉中心部にほど近い手頃なハイキングコース、祇園山ハイキングコース。
東勝寺跡と大町の八雲神社をつなぐハイキングコースですが、妙本寺からも裏手墓地から祇園山ハイキングコースに繋がる登山道があります。
やや険しい裏登山道なのでスニーカー等動きやすい格好で挑んでください。

祇園山ハイキングコースを詳しく見る

妙本寺の歴史

鎌倉幕府初代将軍「源頼朝(みなもとのよりとも)」の死後、幕府の権力者「北条時政(ほうじょうときまさ)」と幕府の有力御家人「比企能員(ひきよしかず)」は幕府の主導権争いから対立します。その結果、比企能員と棟梁とする比企一族は1203年(建仁3年)北条時政によってこの地で滅ぼされてしまいました。(これは比企の乱と呼ばれています。)

「比企能員」の義母にあたる「比企の尼(ひきのあま)」はかつて頼朝(よりとも)の乳母でした。平家により伊豆に流れていたころに頼朝(よりとも)に支援を続けていたのもこの「比企の尼」でした。

このように比企一族と頼朝には親密な関係があり、そのため「比企能員」の娘、「讃岐局」は鎌倉幕府2代将軍「源頼家(みなもとのよりいえ、頼朝の子)」の妻となり、「一幡君(いちまんのきみ、頼朝の孫)」が生まれました。しかし比企一族は将軍家の外戚という強い関係になったことが北条家の反感に会い、結果比企の乱が勃発しました。

比企一族はこの比企谷の地にて北条家に討ち滅ぼされました。わずか6才の一幡君もこの戦で命を失いました。北条家に疎まれた一幡君の父、2代将軍頼家(よりいえ)も、のちに伊豆に流され暗殺されることになります。

比企一族の中で、京都にいて唯一生き延びた比企能員の末子、「比企大学三郎能本(よしかず)」が日蓮上人に帰依し、比企の屋敷跡に妙本寺を建立し一族を慰霊しました。
比企能員(ひきよしかず)が登場する大河ドラマ。鎌倉殿の13人とは?

比企能員(ひきよしかず)を詳しく見る

妙本寺の草花

春のカイドウのほか、桜やノウゼンカズラなど四季を通じて楽しめます。三方を山に囲まれているので、特に新緑が美しいお寺です。

妙本寺の案内図

妙本寺 案内図

 

妙本寺へのアクセス

  • 神奈川県鎌倉市大町1-15-1
  • アクセス:JR鎌倉駅 徒歩15分

妙本寺について

  • 拝観料:無し
  • 駐車場:有り(三門の先境内まで登った右側にあります。)
  • ホームページ:www.myohonji.or.jp
  • 山号:長興山(ちょうこうざん)
  • 宗派:日蓮宗
  • 創建:1260年(文応元年)
  • 開山:日蓮
  • 開基:比企能本

こちらもどうぞ。妙本寺周辺の散策記

→桜をもとめて~春の妙本寺・大町エリア~(2015年3月28日)
→夏の花サルスベリ散策。大町・材木座(2013年9月1日)

#夏ノウゼンカズラ

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