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名越切通し。中世鎌倉を逗子を結ぶ葬送の古道

      2021/05/06

防御機構や様々な史跡が残る名越切通し。中世の雰囲気を色濃く残す古道です。(国指定史跡)

中世の雰囲気を残す名越切通し

鎌倉大町と逗子・三浦をつなぐ。かつての東海道の主要路

ロマン溢れる鎌倉時代から残る古道。かつて北条氏にとっては三浦半島の三浦氏が脅威であったため、三浦半島に続くこの道には「大切岸」のような防御機構の名残がのこっています。難路から「難越え」、転じて「名越」になったといわれています。

現在の横須賀線の名越トンネル上に旧道が残っていますが、生活道は新しくできた小坪トンネルに代わったため、未だに中世鎌倉の雰囲気を残している趣きのある切通しです。

名越切通しの行き方・入り口・ルート

名越切通しへのアクセス

名越切通しへのアクセスマップ
※クリックして拡大。
名越切通へのアクセスは複数の入り口がありますが、鎌倉駅方面からは「大町口」、逗子駅方面からは「法性寺口」、あるいは小坪経由で「小坪階段口」が一般的です。

鎌倉方面・大町口からのアクセス

名越切通し 大町口からのアクセス

鎌倉駅から徒歩約20分ほど、大町5丁目から横須賀線のトンネルのそばに、名越切通し大町口への分岐あります。

大町口から名越切通しへのルート

逗子方面・法性寺口からのアクセス

法性寺 お猿畠

久木踏切の先に日蓮を助けた白猿で有名な法性寺があります。法性寺の裏山から名越切通しのハイキングコースに繋がっています。(2010年8月8日撮影)

法性寺口から名越切通しへのルート

小坪階段口からのアクセス

名越切通し 小坪階段口からのアクセス

小坪7丁目交差点付近に、小坪階段口と言われる階段があります。

小坪階段口から名越切通しへのルート

名越切通しの見どころ

中世の雰囲気を残す名越切通し

第一切通・名越切通の最狭部

外的の侵入を防ぐためにあえて狭く作ったと言われています。(2016年5月5日撮影)

名越切通しのまんだら堂やぐら群

葬送遺構。まんだら堂やぐら群

季節限定で公開される、鎌倉最大級のやぐら群。鎌倉と逗子を結ぶ古道、名越切通にある、葬送遺構。

まんだら堂やぐら群を詳しく見る

大切岸

鎌倉時代のロマン感じる。防衛機構、大切岸

法性寺の裏山からは、大切岸が遠望できます。大切岸は北条氏が三浦半島の三浦氏の攻撃に備えるために築いた防御施設だといわれています。(2010年12月12日撮影)

大切岸(おおきりぎし)を詳しく見る

衣張山

杉本寺・報国寺方面。衣張山ハイキングコースへ

衣張山ハイキングコースは、鎌倉東部の外周を巡るハイキングコースです。名越切通しの鎌倉ハイランド方面はこのハイキングコースと接続されます。

衣張山ハイキングコースを詳しく見る

名越切通しとは

名越切通しは、かつては杉本寺から逗子の岩殿寺へ通じていて、鎌倉から逗子・三浦半島を結ぶ主要道路でした。三浦半島は文字通り三浦氏の拠点。そのため、軍事上の重要な道路となり、道の途中には防御のための巨大な置石や、侵入者を討つための平場が存在します。

名越切通しの行き方・入り口・ルート

切通しとは

源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉に幕府を開いた大きな理由は、南は海に、北東西は山に囲まれ、敵の侵入を防ぎやすい地形だったからと言われています。
そこで物資運搬にために山などと切り開いて造った道が「切通し(きりとおし)」です。
中でも亀ヶ谷坂切通し」「化粧坂切通し」「巨福呂坂切通し」「大仏切通切通し」「極楽寺切通し」「朝夷奈切通」「名越切通し」は鎌倉七口と呼ばれ、鎌倉と外部を結ぶ特に重要な要路として存在しました。
明治以降は車道として次々と道路拡張が行われてしまいましたが、一部の切通しは当時の古道の姿を残しており、歴史の街、鎌倉らしい景色を散策することができます。
また、鎌倉七口には数えらませんが、「釈迦堂口切通し」は中世の面影を残す、訪れる価値のある切通しのひとつです。

鎌倉の古道・鎌倉七口をもっと見る

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