鎌倉トリップ |  日帰りで初秋の鎌倉へ。初秋の鎌倉散策。

週末のお出かけに、日帰りで初秋の鎌倉へ♪

鎌倉の古道。極楽寺坂切通し

      2018/01/01

鎌倉七切通しの一つ。極楽寺と由比ヶ浜方面を結びます。
鎌倉幕府滅亡の際の、新田義貞(にったよしさだ)鎌倉攻めの激戦地がこちらの場所になります。


坂の途中の成就院より由比ヶ浜を臨む。鎌倉の中でも比類なく素晴らしい景観です。

切通しとは

源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉に幕府を開いた大きな理由は、南は海に、北東西は山に囲まれ、敵の侵入を防ぎやすい地形だったからと言われています。
そこで物資運搬にために山などと切り開いて造った道が「切通し(きりとおし)」です。
中でも亀ヶ谷坂切通し」「化粧坂切通し」「巨福呂坂切通し」「大仏切通切通し」「極楽寺切通し」「朝夷奈切通」「名越切通し」は鎌倉七口と呼ばれ、鎌倉と外部を結ぶ特に重要な要路として存在しました。
明治以降は車道として次々と道路拡張が行われてしまいましたが、一部の切通しは当時の古道の姿を残しており、歴史の街、鎌倉らしい景色を散策することができます。

→鎌倉の古道・鎌倉七口をもっと見る

極楽寺坂切通しとは

極楽寺の忍性が開いたとされる切り通し。鎌倉の西南端に位置し、鎌倉と外部へ続く主要な道路でした。
1333年(元弘3年)新田義貞の鎌倉攻めの際に、極楽寺坂は激戦地となりました。現在は掘り下げられて車道となっている切り通しですが、当時は険しい切通しであったようで幕府軍な防御の前に、義貞は軍をまとめ直しました、そして伝説となっている稲村ケ崎越えの奇襲作戦を敢行。鎌倉を攻め落としましたと言われています。

極楽寺坂切通しへのアクセス


 

  この記事を見た方はこんな記事も読まれています♪

 

  この記事に関連するテーマを探す♪

 - 鎌倉のハイキング

 

  この記事をシェアする♪